Thee Rang 跡地

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ある悲惨な交通事故の話(2010/12/27 R.I.P 9 victims)

 者9人。昨年末、バンコクの高速道路で発生した、バン(ハイエースコミューター)と乗用車(HONDA CIVIC?)の衝突事故の犠牲者の数だ。事故の状況は、以下のCGがイメージしやすい。

 このバンは、タイの一流大学である「タマサート大学」(日本で例えるなら京大のポジション)とバンコク市内を結ぶシャトルバスのような物で、犠牲になったのは学生や研究生、講師などタイ屈指のインテリ層の人たちだった。高速で突っ込んできた乗用車に跳ね飛ばされ、あっという間もなく車から弾きだされ、高速道路の高架下の道路に叩きつけられ亡くなった。無残にも、そのなかの一人は途中の歩道橋の手すり部分にひっかかり、ぶらさがるように絶命していた。

 この交通事故はタイで大きな話題となり、多くの国民が怒っている。


加害者の少女

 その理由は、主として運転者にある。乗用車を運転していたのは、17歳(推測)の少女。当然、免許など持てる歳でもなく、無免許運転に他ならない。これだけでも相当だが、この交通事故直後、幸運にも軽傷で済んだ彼女は車から出てきて、道の脇で側壁にもたれかかり、携帯電話を操作していた。

 BB(Black Berry)を操作しながら、彼女は「交通事故を起こした、何人死んだか分からない」という文章を自らのStatus表示としていたらしい。彼女の名前は、Orachorn Prae-wa Thephasadin Na Ayudhya。タイでの特権層特有の苗字であり、事故直後からこの少女は、権力によって事故の責任を回避し、逃亡するだろうと危惧されていた。
 タイの特権階級は、あらゆる面において日本人が容易に想像つかないほどの便宜を図る事ができる。犯罪をもみ消すなど日常茶飯事で、不動産や金融、果てはインサイダー取引や暗殺にいたるまで、その力の及ぶところは果てし無い。


犠牲者の方々

 歩道橋に引っかかって亡くなった33歳の男性は、タイの国費による留学制度でイギリスのバーミンガム大へと留学していたエリートだった。生まれは貧しく、幼い頃両親に捨てられ、ジャスミンの花を紡いで売り歩く女性に育てられた。学校にもそのジャスミンの花を持って行って売り歩くなど、大きな苦労を背負って育ってきたという。育ての親が本当の母親でないにも関わらず一切不満を漏らすことなく、親孝行な息子だったらしい。タイの超一流高校、トライムウドン高校へと進学が決まった際、母親はその重大性が理解できず、周囲の人間が彼には分不相応ではと心配し、やきもきしていたという。将来有望な研究者として、これからタイの明日を築いて行こうとしたその矢先、この悲劇に遭遇した。

 高架から地面に落下し、絶命したある34歳の大学講師は、かつて大阪大学へと在籍し、日本人女性と結婚した。サッカーが好きで、よく大阪でタイ人の仲間同士でサッカーをして過ごしていたという。タイに帰り、日本とタイをよく知る教育者としてタイの将来を担う国際的な人材を育成し、タイを発展させてくれるはずの人だった。奥様の関係もあり、おそらく日本人の知己も多く、胸を痛めている方もたくさんいらっしゃるだろう。その人柄は真面目で国籍を超えた多くの人達から信頼を得ていた。残されたご家族の事を思うと、その悲しみと絶望を到底測り知ることはできない。無念でならない。

 科学省のスカラーシップに合格し、これから留学してナノテクを研究する予定だった方も23歳の方も亡くなった。チュラロンコーン大学という、タイでいう東大のポジションにある大学を優秀な成績で卒業した方で、王室からその将来性を認められ、海外へと研究をしに旅立つところだったが、その夢は二度と叶わなくなってしまった。

 おそらく大学で試験を終え、チャトゥチャック辺りから出発する長距離バスに乗り、地元の県に帰省予定だった女学生も亡くなった。ご両親は、色々な料理で彼女をもてなそうとしていたが、それが彼女の口に入ることはなかった。彼女の両親は、ニュースを聞いた時、信じようとはしなかった。

犠牲者の方々


メディアの沈黙/タイの特権層

 そして今、多くの人々が想像した最悪の事態が起こりつつある。この加害者は罪を償うことなく、おそらく無罪放免となるであろうという事態である。車は、かつて自らが写真付きでWebサイトに紹介したことがあるにも関わらず、「車を貸した持ち主」なる人物が現れ、無免許なのに車を所有していたとする事実を消し去った。この事件について、当初メディアは大きく扱ったが、加害者が特権階級の苗字を持つのが明らかになり、一気に報道は規制され沈静化し、メディアから消えて言った。

 タイは法治国家であるはずだ。しかし、実際にはこのように一部の特権階級層が様々な所で既得権益をむさぼり、死守し、持たざる者を虐げ、メディアと政治を支配してきた。相続税など存在しないし、今後とも成立しようがないので金持ちはその子孫に到るまで永遠に金持ちで、互いに結託し、独自のHigh-Societyを形成している。そこには法の入り込む余地などない。
 ビジネスの大成功を追い風に軍・法曹界・警察・政界を支配したかつてのタクシン元首相は、その財力と政治力をもってこの既得権益層をさんざん脅かし、結果2006年のクーデターで放逐される事となった。

 この交通事故が、タイの国家によってどう裁かれるのか。政治的成熟性を期待して見守りたいが、現在のところ多くの人達同様無力さを痛感するしかない。


タイの自浄能力

 この事態に抗うように、Facebookには加害者少女が正規に法に則って裁判・処罰を受けるよう署名をあつめているコミュニティがある。今すでに30万人近くの人が賛同している。
 มั่นใจว่าคนไทยเกินล้านคนไม่พอใจ แพรวา(อรชร) เทพหัสดิน ณ อยุธยา


 30万人の声なき声は、タイの人治政治に届くだろうか。
 職権をなんら罪の意識なく濫用する事が常となった、政治家・公務員達に届くだろうか。
 持たざる者の正義と義憤が、天を動かすことはあるだろうか。


 タイでは日常茶飯事のこの規模の交通事故だが、僕は大きな関心をもって経緯を見守っていきたい。
 返す返すも、無念でならない。残念なこと極まりない。犠牲者9名の方のご冥福を、心よりお祈り申し上げたい。