Thee Rang 跡地

https://solaponz.hatenadiary.jp/ 跡地

(It’s labored to) Think, and Act Proactively!

 下は毎日jpのニュースより引用。*1

民主党は8日の常任幹事会で、マニフェスト検証委員会(委員長・岡田克也幹事長)の設置を正式決定した。09年衆院選マニフェスト政権公約)で掲げた子ども手当や農業の戸別所得補償制度、高速道路無料化などの見直しが焦点となる。

こういうのってさ、そもそも選挙「前」に十二分に仮説検証して、メリデメと影響を考えうる限り洗いだしてからはじめてマニフェストを公表して、選挙を控えた国民を啓蒙していくもんじゃないのだろうか?「マニフェスト考えました、発表しました、当選しました、んで実施しようとしたけどできませんでした、じゃあ検証します。」ってなるのって、とても無駄だ。税金と時間の無駄。
僕は別に民主党を特段嫌っている訳でもないし、外相が在日外国人から数十万程度の個人献金を受けたとかそういうのはあまり酷いとかおかしいとも思わない。そんな些細な事で外相が辞任するなんて日本は大丈夫かと思ったりもする。
しかし、こういう無駄がまかり通るのを見ると税金を払うのがアホらしくなってしまう。報道機関も報道機関で、社会の木鐸たるものまがりなりにも政権政党である民主党のこのような行為はもっと厳しく追求して欲しいものだ。でないと、また同じことが繰り返されてしまう。2009年の衆院選の前も後も、彼らの政治は結局国民の為の政治でもないし、政治のための政治でもない。ただの、政治を邪魔する為だけの政治だった訳で、当時鳩山由紀夫氏と民主党マニフェストを信じ、投票した人たちも今となってはずいぶんお怒りの方が多いだろう。

当事者ほどプロアクティブに。
 
プロアクティブとは「〔行動などが〕先を見越した、事前に行動を起こした、先回りした」という意味だ。先に何があるかを見越した上で、大局的な観点から意思決定や行動をしていくという事だ。対義語はad hoc(その場しのぎ)にでもなるのだろうか。例えば今回のNewsで言うと、民主党の2009年の行動は全くプロアクティブでは無かったし、それに投票した多くの人達もプロアクティブでは無かった。
プロアクティブに考えるのは、当事者ほど難しい。丘の上から森を見下ろすと木々の様子や小川の流れがよく見えるが、いざ森に入って歩いてみると、目の前の木や川に気を取られ、とても全体の構成を思い出す余裕など無くなる。
同様に、仕事でも恋愛でも、目の前のタスクや課題に気を取られ、全体的な終着点や各チェックポイントに対する意識がなくなりがちだ。
プロアクティブに行動しようとしたら、まず一度目の前のタスクから逃げ出して、一度全体をゆっくり考えてみるといい。そうすると何をするべきで何をすべきでないかが明確になって、すべき事の中の優先順位も明確にする事ができる。些末なタスクにとらわれず、優先順位に沿って粛々と行進する事で、結果として理想に描いた成果を手に入れる事ができる。ちなみにこれは日本語では慧眼とも言われるし、客観とも言われる。先見の明という人もいる。

プロアクティブが阻害要因になることも
ただし、プロアクティブである事がかならず正義とは限らない。場合によっては後先の事を考えず、ひたすら一点集中、一点突破で突き進んだほうが結果的に良い物を得られる事もある。全体からみてももやもやしてよく見えなかったが、実際に突き進んでみるとやっぱり正しかったね、となるケースだ。例えば未知・未開の領域を開拓しようとする時、徹底的に個人の感覚にすがって進めたい時には、プロアクティブな視点を捨てて愚直になったほうがよい。

プロアクティブな具体例。
プロアクティブを自身の安全保障に適用する仕組みが、保険だ。生命保険、地震保険個人年金、学資保険など言い方は様々だが自身のライフプランに応じて先々を見据えて高い買い物をするという点で、自分と家族のために保険の計画を立てることはプロアクティブ的な行動といえる。
資格取得や通信教育などもプロアクティブな投資の代表例である。まれにそれ自体が目的化している人もいるのだが、多くの人は自分のために時間と金銭をかける事で将来の自分の価値をプロくティブに高めようと計画し、実行している。
部屋の片付け、風呂掃除、料理の段取りなど家事にもプロアクティブに通じるものは多い。料理が下手な人というのは目の前の事しか考えないので、物は散らかすし味付けはおくれるし焦がすし片付けは捗らないし先につくったおかずは冷めるし…、ボロボロだ。普通に料理うまい人は、料理の完成形だけでなく、リビングとキッチン全体の片付けが完了した状態までイメージして作業計画を一瞬で練り、最小限の動作で手際よく進めていく。各おかずの完成や食事のスタートが明確なチェックポイントとして意識され逆算しているので、料理の品質のブレが最小にとどまる。
他には、歴史物の小説でも、胸のすく場面というのは、大抵孔明だとか信長だとかのプロアクティブな戦略に相手が見事に引っかかった時だったりする。関係ないが最近、故・横山光輝伊達政宗を2巻まで読んで、若くして才気あふれる伊達政宗に感動した。

立ち止まっては思いだし、徐々に身につける
プロアクティブな思考を身につけるには、ときたま立ち止まって全体感をイメージしてみて、タスクの洗い出しと優先順位付けを徹底するという習慣をつけるしかない。多分まとめると仮説思考という事なのだろうが、ほんと当事者になった時ほど難しい!

*1:当エントリは政治ネタというより時事ネタとして捉えてください。このBlogとその作者は、特定の政党・政治家に対する所属も敵意も一切含んでいません。