Thee Rang 跡地

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たばこ呑み

 行喫煙にふさわしい刑罰について昨日のエントリで考えてみたところ、タイミングよく、というかなんというか、、たばこに関するあるニュースを目にした。きっと目にした方も多いであろう、以下のようなニュースだ。

 ある日、あるバス停で喫煙をする男がいた。そのバス停は禁煙だった。列に並んで一緒に待っていた、乳児をつれた母親が彼にたばこをやめてくれませんか、と注意をした。男は一旦は応じたものの、列を離れる際にその母子にたばこの煙を吹きつけた。母親が手で払うと、男はそれを見て怒り母親を殴り、さらに抱いていた乳児を殴った。彼は近くにいたサラリーマンによって警察に通報され、逮捕された。被害者に対しては「申し訳なく思っている」と語った。

 これを見て、10人いれば10人の感じ様があるだろう。だが、現在のたばこに関するトラブルの多くはこのケースに見て取れる問題点が原因になっているものが多いような気がする。
 タバコ問題というのは日本のみならず世界中で根深い問題だ。僕がいっただけの国でも、たとえば、ニューヨークは法律で屋内の喫煙が禁止されている。ので、レストランの入り口に灰皿が備え付けられていて、たばこを吸いたい人は一旦外にでて吸わなければならない。そして、たばこ1箱は800円ほどするので、簡単に手には入らない。タイではもっと厳しく、旅行で訪れたことがある方は分かるだろうが、タイでたばこを買うとたばこのパッケージに、強烈なグロ画像がプリントされている。たばこによる肺がんでまさに死に瀕している人の半裸の写真や、ニコチンでぼろぼろになった歯茎のどアップ写真、真っ黒の肺の生写真など、見るに堪えない写真だ。さらに、テレビコマーシャルは言うに及ばず、店頭での宣伝も禁止された。たばこを置く店には、黄色に赤字(だったかな、、曖昧)の仰々しい文字で、たばこを扱っていますという文字が書いてある紙を貼っているだけだ。
 これだけ厳しい他国の世論など痛くもかゆくもないというように、日本社会はタバコに対して甘すぎると常々感じる事がある。むろん、オフィス環境や公共環境での禁煙率は非常に高くなり助かるのだが、いかんせん最も大事なマナーを守るという心が欠けているタバコ呑みが多すぎる。歩きたばこなぞは言うに及ばず、たとえば、隣のテーブルにできたての料理が運ばれてくるとする。あなたはまだ注文を済ませたばかりだ。さあここで、灰皿を寄せてたばこを取り出して一服でもしようか、なんて思うものならもうその時点でタバコを吸う資格はあなたにはない。喫煙者、禁煙者の共通の敵がアナタだ。コーヒーやお吸い物、そばのだしなど繊細な味を楽しもうという時にたばこのケムリが臭ってこようものなら、思わずその人に向かって金を返せといいたくなる。現実に、昼食時間に喫煙可能だというだけで僕が足を遠ざけた飲食店は3つや4つではない。金を払って煙の中でケムリの味がするランチを食う価値など皆無だと言っていい。その程度の店は味も調理師もタカが知れていると見てほぼ間違いない。冒頭のニュースのケースなど、外人さんたちの感覚では注意する以前に訴訟が起こっても不思議ではないくらいのケースだ。
 法律で禁止されている訳ではないので、吸うなと言うのがナンセンスなのは誰でも分かる。だが、吸うにしてもマナーやルールを守って吸う必要があるというのも誰でも分かる事なのだ。社会に迷惑をかける行為は、社会が監視するのが当たり前だ。もっと、ダルい喫煙者に厳しい世の中になってほしいもんだ、と僕は考えている。
 マリファナ合法化運動の主張の一つとして、たばこや酒よりかも遙かに安全で依存もしない、よってたばこが合法でマリファナが違法というのはおかしい、というものがある。僕は明確に彼らに反論できる論を持たない者だが、悪質な喫煙者を明確に攻撃できる理由を持つ者だ。いついかなる時でも、あなたがタバコをくわえて火を付けるその瞬間、ふと手を止めて周りにいる人の顔を眺めてみるといい。それが許される空気と許されない空気を読み間違えれば、まさにたばこによってあなたの信用や社会性は失われてしまう。
 こち亀両さんが禁煙する前に、「人の迷惑を考えずにタバコを呑むのが醍醐味で、、、」などとつぶやくシーンがあった。彼は、もう20年くらい前に禁煙を成功させている。
 時代は変わったのだ。