Thee Rang 跡地

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怪談

 「お客さん、笑っちゃいますけどね。本当の話ですよ」
 深夜1時、ようやく飲み会から帰路につくタクシーの中で、高速道路のガード越しに時折覗くビルの光を数えていたけだるい僕の横顔を、運転手が覗き込む。
 「あれは千葉のXXだったかな。今日みたいに寒い日だった。お客さんみたいに、男性一人の客だったよ」
 僕は飲み会から引きずっている笑みを浮かべながらも、心配になって運転手の方を見てみた。先ほどまでと同様、前を向いて真面目に運転をしているように見えたが、つい気になってしまって声を出してしまう。
 「へえ、まさか。足はありましたか?」
 「ありましたよ。着物のようなものを来ていましたから、うーん、髪は長かったな。。。」
 全く、今日の飲み会は長かった。とっくにお腹も膨れてしまってお酒も回った。僕はフラフラしながら道にでてタクシーを捕まえて、ようやく一息ついたのがもう日を回ってしばらくしてからだった。はあ、やっと帰れる、と思い、運転手さんと雑談をしていたら、ふと暗く細い、異臭のする道にはいり心細くなって、流れで怪談の話になった。「東京って怪談の本場じゃないですか?昔よく読みましたよ。四谷怪談、番町皿屋敷。お岩さんでしたっけ?やっぱり今もそういう事ってあるんですかね」などと冗談めかして振る舞うと、運転手さんはしばらく黙って聞いていて、重い口を開いたのだった。僕は彼の言葉に面食らいつつも、思ったよりインパクトの薄い幽霊との出会いのシーンに思わず声がうわずってしまった。
 「それで?それだけですか?」
 「お客さん、まあ見ないと分からないんですけどね。絶対に、その時間に人がいるような田んぼじゃないです。それに、一緒に乗っていたお客さんも小さい声で叫びましてね、すぐに戻ったんです。すぐですよ、広い田んぼなので逃げられる時間じゃなかったです。車を止めて降りて見渡してみましたが、どこにも人影は見えなかったですよ。見間違いだとか気のせいだったとかでは決してございませんよ。二人で見ました。その後、お客さんを送っていって同じ道を一人で通るのが怖くて怖くて仕方が無かったですね…」
 「え?ええ、見えなければ信じられないのは当然です。私がそうでしたから(笑)。それに、見えないというのが一番いいですよ。見えてしまえば、見たくないものも見なければいけない。こういうものはねお客さん、笑い話にしとくのが一番いいんですよ。あ、と。錦糸町出口出て、左で良かったですよね?」
 一足早くまどろんだかのような軽い浮遊感を覚えながら、自宅への道を子細に説明する。
 やはり東京は怪談の町だ。なんとなくそんな事を考えながら、黙って家の扉を開けた。

 するとそこには-