Thee Rang 跡地

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中国の夢

 ある高校生の少年は、17歳の頃に読んだ『龍 〜RON〜』(村上もとか)という漫画の影響で、ある頃から中国に憧れるようになった。中学生の頃手に汗握って読んだ『三国志』の影響もあり、中国の歴史、文化、食事、言語、どれもものすごく魅力的なもののように思えて、いつか中国に行ってみたいと思っていた。
 彼は大学受験も終わったころ、思い立って中国語の参考書を買ってみた。内容を読んでみると、文法や声調などはじめは全くチンプンカンプンだったものが読み込む程に理解できるようになり、外国語を学ぶ楽しさを初めて理解した気がした。参考書付録のCDを聞き、一人で発音の練習をしながら静かに、そして充実した春休みを過ごした。大学に入学したら一気に中国語でトップを取り、1年か2年後、中国へ留学したい!彼はそう胸に秘めていた。
 一冊目の参考書も、あらかた終わろうとしていた。そのころ大学から第二外国語の選択を促す封書が来たので、彼は迷わず中国語を選択した。
 4月、彼は大学に入学した。桜の下をくぐり、きょろきょろしながら入学式に出席する。隣に座ったN君とおしゃべりをし、友達になれたことを二人で喜びながら、履修計画書を受け取った。キリスト教や英語など必須科目が並ぶなか、彼は週に2回ほど見慣れない授業が入っている事に気付いた。
 【フランス語Ⅰ】、彼にはそう見えた。一瞬必須科目の一つかと思ったが、すぐに気付いた。第二外国語が、中国語ではなくフランス語になってしまったのだった。別にフランスが嫌いなわけではない。自国尊大主義という点において中国によく似てもいる。いつかは行ってみたい国でもある。だが、大学生活に夢を抱き希望を燃やす青年に、その通告はあまりにも残酷なものとなった。
 彼は後に、中国語は講師がチョロくて人気なので抽選によって選抜され、残りはフランス語とドイツ語に割り振られることを知る。 彼は絶望し、結果そのフランス語の単位を落とす事となる。夢にみた中国語の授業、中国留学、まだ見ぬ中国人の友人、全てを失ったと思った彼は大学生活に絶望し、立ち直るまでに一年を費やすのだった。
 彼はその後、資格免除でフランス語の単位を取り無事に就職し、とある企業に勤めるサラリーマンとなる。ある日、彼は午後からミーティングでとある銀行の本店に向かう必要があった。新橋から少し歩いたところにあるそのビルは、日比谷公会堂の向かいにあり国会議事堂に程近い。そしてたまたまその日は歴史的な日で、中国の首相が日本の国会議事堂で演説をしたというニュースがひっきりなしに流れていたのだった。彼はタクシーで国会議事堂の横を通り、いま自分からそう遠くない場所にいる中国の首相のことを思い出した。演説は中国語でやっているのだろうかそれとも英語なのだろうか?中国語だろうなあ、とそんなどうでもいい事を考えると、ふいに昔の苦い記憶をふと思い出した。
 彼は一人苦笑いをして、運転手にそれを悟られないよう窓の外に目をやった。世界のどこかで戦争しているなんて信じられないくらい、新緑が目にまぶしい、暖かく晴れた平和な昼下がりだった。