パセーラ＠広島の思い出

　僕はたまに広島に帰り、祖父母の家に滞在する。大学時代も、社会人になっても、ひょっとすると実家より広島に帰る時間のほうが長いんじゃないかというくらい広島が好きだ。
お気に入りスポットは、パセーラ（基町クレドとも言う）。ここにフラっと入って、生活の木とか服屋とかをウロウロして、屋上のテラスでのんびりすごすのが非常に癒される。
なぜパセーラかというと、個人的に思い入れがあるから。僕が高松で小学校時代を過ごしていたが、一年のうち合計で一ヶ月以上は広島にいた。そのときに、でっかくてピカピカのこのデパートは少年時代の僕には手の届かない高級なお店が立ち並んでいるように見えて、あこがれの場所だった。
ここに、かつてJETROという世界各国の雑貨を扱っている店があった。その中に、天然石を扱っている店があった。

大学時代のある時、天然石が大好きな僕はJETROで色々と石やアクセサリーを見ていた。そのうち店員が寄って来て、少し石について雑談をした。すごく優しそうな、２５，６の男の店員さんだった。
しかし彼は相当ぶっとんでいて、なんと一つ一つの商品（天然石）の事を指して、「この子」などと言うのだ。石が好きというのはものすごく伝わってくるのだが、正直これにはびっくりした。
ふと、商品がディスプレイされている棚のよこに、どかっと置かれている巨大な石のついた指輪をみつけた。かなり大きめの四角い石のついたシンプルな指輪だ。その石はまるで、晴れた日の青空を石の中に詰め込んだかのように、透き通ったブルーと、すこし翳りのあるホワイトのバランスが見事だった。角度によってその美しさは様々に色を変えるのだが、その透明な空を窓から切り取ったような美しさに一瞬で目を奪われ、この石はなんですかと彼に聞いた。
店員は答えた。
「これは、レインボームーンストーンという石です。珍しいでしょう、あまり売られてないですからね。ホワイトラブラドライトという名前でも呼ばれます。仕入れの人間がアフリカで一目惚れして買ってきたものです。」
ちょっと欲しいと思い、僕は尋ねた。
「いくらで売ってるんですか？」
彼は困ったような顔をして、
「すみません。実は、この子は売り物じゃないんですよ。あまりにもキレイで大きいので、ディスプレイとして置いてあるだけなんです・・・。」
「そうですか。きれいな石ですね。」
「もしよろしければ、本で詳細をご覧になりますか？」
そう言って、彼はある図鑑を取り出した。たくさんの種類の天然石についてガイドしている本で、彼は、僕のバイブルなんです、と言っていた。
彼があるページを開いてこちらに向けてくれた。レインボームーンストーンの解説のページだったが、僕はそれを見て思わず声をあげた。
「7月18日の誕生石！？これ僕の誕生日です！」
すると彼はとても驚き、まじまじと僕を見た。
「ほんとですか！？」
「本当ですよ、ほら（免許証をみせる）・・・この石と同じなんですね、びっくりしました（笑）。」
「本当ですね、、、。」
彼はしばらくそのページと指輪を交互に見て、困ったような顔をしてこちらを向いた。

「少々お待ち下さい」

そう言うと、彼は店のバックヤードに消えていき、しばらく姿を現さなかった。

５分ほどして、小走り気味で戻ってきた。続けて、上気した表情で、こうまくしたてた。

「お客様、おまたせしてすみません。いま、裏の者と話をしてきました。とても石好きなお客様がいる事、レインボームーンストーンの指輪をお気に入りだったこと、誕生日の７月１８日がレインボームーンストーンの誕生石であるという事・・・なんとか交渉して、お客様にこの子をお売りできる事になりました。」
僕はそれを聞いて驚いたが、とても嬉しくなった。しかし、石の大きさと希少さから言って、１万５千円から３万円ほどかな・・・と思ったので、ちょっとサイフを心配した。
「お客様、さすがにタダでお譲りという訳にはいかないのですが・・・私が好きに値をつけて良いと言われました。ですので、５千円でお売り致します。学生さんとお見受けしましたので、できるだけお安くしたいと考えました。はっきりいって、赤字です。しかし、私は後で怒らても構いません。いかがでしょうか。」

これを聞いて、即決してこの指輪を購入した。

いまでもたまーに、結婚式に出席するときはこの指輪をする事がある。ものすごくきれいな指輪なので、そのうち写真にとってここに貼りつけておこう。

このJETROはもう１０年以上前？に無くなってしまったが、今でもパセーラを訪れる度に思い出す。
屋上のテラスでのんびりジュースを飲み、広島の街を眺めながらあの店員さんの事を思い出すのだが、今となっては彼が何をしているか知る由もない。

あれなら、いまでも石を売ってるんだろなー、きっと。