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【書評】セレンディピティ冒険譚、『アルケミスト』(パウロ・コエー

 の超有名な短編小説は、旅人であり作家である、パウロ・コエーリョ氏によって書かれ、日本語では元大蔵省の官僚の山川紘矢氏、そしてその妻の元マッキンゼー・山川亜希子氏によって訳され、出版された。


主人公の少年は、アンダルシアの平原の羊飼いだった。ところが、繰り返し見た夢をある占い師に解釈してもらった事で、エジプトに宝物を探しに行く旅に出る決心をしてしまった。
世間知らずで純粋な彼の旅は苦難の連続で、旅が始まってすぐに羊を売って手にしたお金を騙し取られ、一文無しになってしまう。その後彼は、宝物が待っているというエジプトのピラミッドまでに、何年もかけて苦しい旅を強いられる。

賢く素直な少年は、どんな逆境にも負けず、決して諦めずに危機を乗り越え旅を続ける。そして最終的に、彼は望むものを手に入れられるのか、それは読んでみてのお楽しみ!


この小説は、とても示唆に富んでいる。噂によると、ある外資系コンサルファームの新人研修で課題図書のうちの一冊にもなっているらしい。その示唆とは一体何かというと、"前兆"に従うという事の大切さと、"前に進む"事の重要さ。少年はどんなに過酷な状況になっても、彼に与えられる"前兆"を信じ、そのときに彼にできる精一杯の努力をして半歩でも前に進もうと試みる。前に進む為に足踏みが必要ならば足踏みするし、語学も商売も勉強する。しかしその先にある、目的地であるピラミッドの事は決して最後まで忘れなかった。かわいい女の子に引き止められても、忘れなかった。

特に彼が途中で出会う錬金術師(アルケミスト)は、少年に多くの示唆を与える。ともすれば心が迷いがちな少年に対して、錬金術師は常に自分の心にしたがって前へ進む事を説く。


「僕の心は裏切り者です」馬を休ませるために止まった時、少年は錬金術師に言った。「心は僕に旅を続けて欲しくないのです」
「それはそうだ」と錬金術師は答えた。「夢を追求してゆくと、おまえが今までに得たものすべてを失うかもしれないと、心は恐れているのだ」
「それならば、なぜ、僕の心に耳を傾けなくてはならないのか?」
「なぜならば、心を黙らせる事はできないからだ。たとえおまえが心の言う事を聞かなかった振りをしても、それはおまえの中にいつもいて、おまえが人生や世界をどう考えているか、繰り返し言い続けるものだ」
〜中略〜
「私は人の心ですからね。人の心とはそうしたものです。人は、自分の一番大切な夢を追求するのがこわいのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているからです。永遠に去ってゆく恋人や、楽しいはずだったのにそうならなかった時のことや、見つかったかもしれないのに永久に砂に埋もれた宝物のことなどを考えただけで、人の心はこわくてたまりません。なぜなら、こうしたことが本当に起こると、非常に傷つくからです」
〜中略〜
傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、おまえの心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心は決して傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ。」

この小説の読後には、まず少年の結末について抱く感情と、それから自分を少年に置き換えてみたとき、果たして自分が前兆にしたがって、傷つくことを恐れずにやってこれたのか・・・という疑念がわきおこる。
夢を追求している時、人はセレンディピティとでも言うような、ある種の必然性を持った幸運に恵まれる。僕が自分でどのようなセレンディピティをたぐりよせてきたのだろうか?と考えるにつけ、ほろ苦い味が喉の奥にこみあがってくる様だった。

非常に短い小説なので、休日に2時間も取れば充分読み終える事ができる。

僕は初めてこれを読んだ4年ほど前のある日から、ひとときの清涼剤として、ビジネスや進路に迷ったときのカンフル剤として、座右の書の一角を占めている。未読の方には、是非ともオススメしたい一冊。