Thee Rang 跡地

https://solaponz.hatenadiary.jp/ 跡地

目玉焼き

 って、どーやってつくんだっけ?とかふと分からなくなったのでおさらい。。


なるほど、白身と黄身を分離させんのかー。やるな。



蒸し焼く。最後まで強火。黄身が白くなるのが許せる人ならこれでもいいんかもなー。



電子レンジつかってやってるが、焼き目がつかないのがどうもなあ。


大人になってから目玉焼きをあんまり食べなくなったが、今日久々に作ってみよう。外食ばっかだとなんか舌がおかしくなって体調が悪くなるが、こういうシンプルな食事を続けてると体調も仕事の効率も劇的に改善されるので、身体が疲れてるなあと感じたら一度試してみよう。
僕も週に2,3回飲みに行くような生活がしばらく続いていたので、内臓を休ませてあげないとなー…

首都圏お国自慢

 のような田舎者にいまいちピンとこないものに、首都圏の地域による序列がある。兵庫県の西宮に住んでいた頃は、住む地域が比較的いい地域か、それともイケてない地域か…など考えたこともなかったが、就職にあたり首都圏に越してきたとき、「家はきまったの?」と訊かれ、「錦糸町に住みます」、と言った時の相手の反応は興味深いものだった。

この錦糸町、ショッピング拠点としての意味あいも持つが、しかし反面、歓楽街の性格も色濃く残す地域である。なので受け取る印象も人それぞれのようで、「いいとこ住んだねー!」とか、「ああ、ちょっと気をつけないとねえ」とか、もっとズバっと「あまりいいとこではないね」という人もいた。

せっまいせっまい東京なのに、駅ごとにそんなイメージあんのかぁ!?ヒマな事考えるんだなあ。などと、本当に驚いたのを今でも覚えている。

ベッドタウンの序列
ってのもなんとなく存在していて、家賃とか土地の相場によく現れている。東京駅まで同じく1時間かかる場合でも、西の方はなぜか家賃が高く、東のほうはなぜか家賃が安い。田園都市線なんか殺人的混雑で世界的に有名、道路事情も決して良いとは言えないのに、なぜか"憧れのセレブ生活"みたいなイメージがムラなく浸透していて、不思議だ。
また、隣県も不思議なほどに明確に格付けされている。たとえば、『チバラギ』という言葉がある。僕はこれを聞いた時、千葉と茨城の合成後なのだなあとしか考えなかった(例えば甲信越のようなものかと思った)のだが、しばらく後に関東に住む友人と何気なくこの話をしたところ、「それはね、千葉とか茨城とかどうせあのへんでしょ?っていう見下したニュアンスが含まれてるよ」とか言われて、衝撃を受けた。
埼玉も同じような感じで、やはり見下すような言葉が存在するのだという。これが神奈川になるとどうなるかといえば、なぜかすっかりなくなり、"理想的ベッドタウン"のようなイメージになるという。
来歴
おそらくこういった事情の背景には、かつて横浜が日本有数の港町であったこと、外国人が多数逗留し未知の最新文化の入り口であったこと、それにともない多くの外国人要人が東京から神奈川方面に居を構えたこと、日本最初の鉄道が開通したこと…などの理由があるのだろう。上海から観光で来日していたリチャードソンが、薩摩藩大名行列に乱入し殺害された有名な生麦事件も、横浜市鶴見区で起こった。
世田谷などの高級といわれる住宅地も、元は外国人が邸宅を構えた事に端を発すると聞いたことがある。こんな150年も昔の出来事のおかげで、世界有数の都市TOKYOにおいて、きれいな格好をしたOLやパリっとしたスーツを着こなしたビジネスマンが、田園都市線の電車の中で酒や遊びの事しか考えていない大学生だとか土臭い体育会系学生だとかに混じってもみくちゃにされているのだった。
どこ住んでも同じ
こんだけ便利になったよのなか、港区に住もうが千葉の木更津に住もうが、利便性という意味ではほとんど何も変わらない。交通アクセスや部屋の広さなど一長一短なところは当然あるだろうが、交通アクセスが良いとか高級レストランが近くにあるからといって、港区の1LDKの35平米にすむ人が、西船橋の3LDK 120平米に住む人をバカにするというのはズレている。しかし、こういうズレている事が当たり前な風潮があって、ほんとに理解できない部分だ。


こないだ初めて我孫子というところに行った。我孫子をアビコと読むのは、僕が小学生の頃、"かまいたちの夜"の原作者の名前が我孫子武丸だったというので知ったのだったが、常磐線に揺られ結構いったところだった。ウナギがうまく海が綺麗な、とてもいいところだった。

爪切り習慣

 ほど、ふと思い立って手足の爪、合計20カ所を全て爪切りをつかって手入れしてみた。爪を切るのはすっきりしてとても気持ちがいいもんだ。特に、しばらく放置して伸びてしまっている爪は、見る度に切りたくて切りたくてウズウズしてしまうというのが人の常。僕は、足の指は手の指の頻度の1/3ほどで切っているので、今日は足の爪もきれて非常にスッキリして良い。

伸びる速度・切る頻度
爪は健康な成人で1日約0.1mm、乳幼児や高齢者で0.07〜0.08mm伸びると言われている。また、20歳がもっとも爪が伸びる年代で、その後はだんだん伸びる速度がにぶってくる。最近、爪を切る頻度が減ったなー、と感じる人は、歳をとっている証拠という事なので安心?しよう。

仮に爪が一日きっちり0.1mm伸びるとすると、およそ1.5〜2.0mmで爪を切るとして、二週間から三週間、人は爪を自由にしておける。実際は家事や仕事の忙しさでペースが一定ということはないだろうが、しかし一ヶ月間全く爪をきりません、というような人はあまりいないんだろうなあ。
ところで、、、

爪をきる場所
って意外と困らないだろうか?
もちろん基本は家で切るものなのだろうが、個人的体験では家にいるときはつい切らないでぐーたらし、仕事にいって爪が伸びている事を思い出し、切っときゃよきゃったと後悔する。これは幾度となくあった。なので、出先でなんとか爪を切りたいとか何度も思ったのだが、なかなか爪切りを携帯するには至らなかった。今は携帯するようにしている。

人によっては、堂々とオフィスで爪切りをする事もある。僕も一時期考えたことがあるのだが、切るときのパチンパチンという音が響きそうで、結局やったことがない。オフィス街、一般公道や街のベンチで爪を切っている人も見たことがないので、こういった場所もマズいのだろう。やはり自宅で切るしかないのか。…と悩んでいたところ、、、!

ゆっくり爪を切れる場所は
トイレの個室が爪切りにうってつけの場所だという事をちょっと前に発見した。爪が散らからないようビニールを持ち込むなどの工夫が必要となるものの、トイレの個室ならたとえパチンパチンと音が漏れ聞こえたとしても、外にいる人は一体中に誰が居るのかが分からないし、興味もないので問題ない。姿勢的にも爪をじーっと見ながら心を落ち着けて切れるので、失敗せず丁寧に爪を整える事ができる。
また、たいていのトイレにはゴミ箱が備え付けられているので、切ったあとの処理も容易。なんなら、鏡で角度を変えて、きれいになった爪をゆっくり眺める事ができる。おまけに水で爪の削りかすをすぐ洗い流せるというおまけ付き。
歯磨きを始める人もたくさんいると考えれば、洗面台を占領しない分ずいぶんと爪を切る事のほうが控えめな行為ではなかろうか。何も罪悪感を感じる必要がない。

これで爪切りのタイミングを逃すことはなくなるはずだ。あなたの爪もピッカピカ!大事な会議にも、意中の女性(/男性)と会う前にも、上司との会話の前にも、焦らずトイレで爪をきれいにしてからでかけよう。

寝台列車に乗る気分

 松の実家に帰るときに、僕はかならず飛行機を使う。別に僕でなくても大抵の人は飛行機で帰ると思うが、まあ時間も節約できるし羽田も便利になったので、当然だ。新幹線では岡山まで4時間、そこから高松まで1時間、と合計5時間もかかってしまうが、飛行機に乗れば本当に一瞬、水平飛行は30分もないくらいの距離だ。一ヶ月前の予約ならば、特典としてほぼ半額の値段で行き来できるので、経済的にも新幹線より安くつく事もおおい。

しかし、早い、安いというのは移動の全てではない。移動中、いかに"快適"に過ごすかというのもとても大事な要素だと思うが、こちらも飛行機は素晴らしい。座席で色々な雑誌がおいてあるし、飲み物はのめる、新聞も読める。便利な時代になったものだ。

便利な時代の非効率的な乗り物
そんな東京-高松だが、実は寝台列車が通っていることはあまり知られていない。"サンライズ瀬戸"という電車だ。寝台列車といえば、普通の生活を送っている人にはあまり縁がないものだと思うが、いわば電車が『走るホテル』となり、夜間に人を目的地まで運ぶので、車両のなかにベッドなどの宿泊施設が備えられているものだ。もちろんシャワーや食堂もある。種類によっては、寝室といい食堂といい、まるで豪華ホテルのような部屋もあったりする。

僕もまだ未体験なのだが、乗ったことがある人の話によると、なんともいえず情緒のある乗り物らしい。新幹線のようにひたすらスピードを出すでもなく、のんびりと進む。ぼーっと寝ながら部屋の外の景色をながめていると、めまぐるしく変化していき、いずれ夜になり、星空を見上げながら線路の上を滑ってゆく。これだけ聞くと、なんとも楽しそうに聞こえてくる。

まあ詳しい説明はWikipediaでも読んでもらうとして、以下の写真でだいたいどんなものか分かるだろう。ちなみに、気になる料金は…『高い』!だいたい飛行機と変わらないか、倍くらいすると考えていたら間違いないだろう。当然料金は等級によって大きく変わるのだが、それでも高い。サンライズ瀬戸でも、高松まで最もしょぼい『ソロ』といわれる寝台でいっても、25000円くらいする。

しかし、夜に移動(東京発22:00、高松着7:30)し、時間を有効に使えるという点と、夜間ずっと電車で移動するという経験ができるという点は料金の高さを補って余りある。実際にのった人は、「下位者帰りのサラリーマンでごったがえす東京駅を、のんびりシートにねっ転んで缶ビールを飲みながら眺めてみると、なんともいえない幸せを感じるんだ。」と言っていた。僕もやってみたい。。。

写真いくつか
というわけで適当に写真を拾ってきてみた。いいなあ寝台列車、いつか僕にも乗れる日がくるのだろうか・・・。海外の寝台列車にも乗ってみたいが、いつになることやら。

サンライズ瀬戸

外観。

ツイン。快適そう。

シングル。星空を見上げながら。

コンパクトながらも機能的なシャワールーム。



こーいうとこで丸まって読書してみたい。

豪華なやつはこんなに豪華!

豪華ホテルのようだ。『カシオペア』の一番良い個室。

食堂。

知的照明システム

 志社大学工学部インテリジェント情報工学科、知的システムデザイン研究室というところが研究している(していた?)知的照明というのを今はじめて知ったが、なかなかおもしろそうだ。

知的照明グループ@知的システムデザイン研究室
http://mikilab.doshisha.ac.jp/dia/research/intellectualization/index.html



【特徴】

  • 自律的な照度コントロール
    • 照明の配線に依存しない任意の点灯パターンを実現するのみならず、各照明器具を任意の光度で点灯することが可能となります。
  • 自律分散制御
    • 全体を統括して制御する要素が存在せず、個々の照明が共通のデータからそれぞれ自律的に動作し学習を行うことにより,任意の場所 に設置された照度センサの照度コントロールを行います。
  • 位置情報を把握していない
    • ビルの設計時や施工時に照明の識別番号などを設定する必要がありません。照明と照度センサの位置関係は制御アルゴリズムにより学習します。

要するに、いくつかのパターン別アルゴリズムに沿って、自動的に照明の方向、照度、色温度を調整するというようなシステムらしい。

照明効果
確かに仕事をしていて、適切でない照明というのはものすごく気になるものだった。太陽光が入りすぎて明るすぎても目が疲れてあまり集中できないし、かといって節電節電で必死だった今年前半には、部屋が暗すぎて困った。最適な照明というのは、間違いなく作業効率やアイデアの創出効率に依存すると見て間違いない。

この知的証明が完備されれば、上記の問題は解決される。明る過ぎにはシステムで太陽光を制御するような仕組みを作ればイイし、暗すぎる時はまぶしすぎない程度の照明になればいい。人感センサーなども組み込むとの事なので、必要な部分にだけ照明が灯されるようにしたら、省エネ課題も解決されるような気がする。(システム制御にある程度電源が必要だが、無駄な照明を広範囲にわたって灯し続けるより高くつく事は無いだろう。)

ニュース自体が古い記事なので、もう実用化されてるとこではされてんのかなー。実証実験のフィードバックはこの論文(http://ci.nii.ac.jp/els/110006864468.pdf?id=ART0008791542&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1320859784&cp=)で触れられていて、省エネ効率の課題などが新たに取り上げられている。

これって、使い方によっては、同じ場所を色々な用途で使いたいときにも役に立ちそう。たとえば、オフィススペースをパーティールームにしたいって時とか、ミーティングルームを休憩室とか控え室に使いたいって時とか、ミーティングの目的によって照明少し変えたりだとか。金曜夕方から、ちょっとテンション上がる感じの照明になるってのもおもしろいかもしれない。逆に、月曜朝は少しけだるい感じになる、とか。

集中できる明るさ
うちの家のリビングの照明器具は、ふつうの丸い電球?のほかに、LEDと間接照明機能があって、自由に明るさ調整ができる。最近気づいたのだが、こういうBlogやモノを書くときは、明るい普通の照明より、間接照明や間接照明+LEDの組み合わせのほうが、はるかに捗る。これは、余計な神経が刺激されず、ほどよく落ち着いた心地で文章をかけるからなのだろう。

大学の頃、オシャレな友人は間接照明を自作していて見事だった。暗いから自分の家ではつかわねーなぁと思ったものだが、今考えるとどうせ自分の家でもたいした勉強や仕事はしてなかったので、落ち着いてくつろぐ空間として間接照明をメインに据えるのは全然ありな選択だったかもしれない。六畳の空間なんて、明るくてらしても狭さが際立って仕方がなかっただろうに。

なんか最近集中できねぇなあ〜って人は、照明についてちょっとぐぐってみて、少し金をかけて変えてやるだけで、劇的な改善が見込める。かもしれない。

四苦発句

 句は難しい。人の心情や景色のさまの移り変わりを時には切れ味鋭い言葉でえぐりだし、時には温かく包みこむような言葉で覆い尽くす。季語という縛りにより、平面+立体に加え、時間の移ろいという四次元的要素が必要不可欠となる。

今の時代、俳句って一体なぜわざわざ季節の言葉を入れないといけないのか、と思うのが普通だろう。僕もそう思うが、昔は時間の移ろいを表すのに季節を以って表現するより無かったのかと思う。

また、あまりにも無限大に広がる俳句の世界に、一定の尺度で線引きをして領域を設ける事で、その中での腕前を競う事ができるようになった。その線引きがこの季語、すなわち時間の移ろい、だ。

発句するには、自由な心で、感受性を最大限高め、幾多も湧き出る言葉の泉を次々に飲み込み尽くして行って、それらから珠玉の表現を掬い上げてつなぎあわせ、衆目の目に晒す必要がある。とても勇気がいる作業だし、その前に、とても難しい作業だ。

ここで一句

 雲間から 月に覗かれ 足早に

・・・こんなん出ましたけど。

信用創造の錬金術

 行が果たす役割の一つとして、もっとも重要なものに『信用創造』というものがある。とてもおもしろい仕組みなのだが、おそらくニュースを聞いていたり金融に関する本を読んでもあまりピンとくるものでもないだろうから、簡単にご紹介。これを読んだら、次から銀行を見る目が変わるかも。。。

概説
簡単にいうと、銀行が預かった金を他人に貸す事で、その貸した金はまた活きた金として市場を巡る事で、もともとあずかっていが額面+貸した金額が、市場から見て両方共実在してしまうような事をいう。
たとえば、1000円預かった銀行が500円他人に貸すと、市場全体から見れば1000+500の金が存在するように見える。こうしてみると、銀行というのはまるで金を生み出す魔術師のようで、非常に奇っ怪だ。
信用創造の限度
もちろんこの手法には限度があり、日銀当座預金という、市中銀行が日銀にもつ銀行口座への準備率という形でコントロールされている。準備率が10%であれば、保有する現金の10倍まで信用創造し、貸し付ける事ができる。
準備率から創造されるお金
手元の現金100万円さえあれば、それを当座預金にぶち込んで、1000万円の預金を生み出せるという事だ。ちなみに、現在の日銀の法定準備率は0.01%。これは、銀行は100万円を日銀に積立て金として当座に預け入れるだけで10,000倍の約100億円まで存在しないお金を個人や企業に貸し付けることが法的に許可されている状態だ。
もちろん、貸付は慈善事業ではないのでタダではない。貸出利息というものをキッチリ頂く事でようやくお金を貸せるのであって、100万円の現金で、100億円に対する数%の利息を得る事ができるのが、銀行が儲かる仕組みだ。(利息1%の仏の融資であっても、1億円が利息として転がり込んでくる。手元に100万円の現金しか増えてないのに、1億円の利息を儲けるわけだ。)
わかりやすいMovie
というのは文字で追っていてもよく分からないので、以前みかけて関心した以下のムービーでも見てみよう。とても良くできている。多少長いが、おもしろい。

Money As Debt(日本語字幕版)

日本語字幕版は↓から。
http://video.google.com/videoplay?docid=-446781510928242771&hl=en

どうだろう?こういう仕組み、とても巧妙だと思わないだろうか?誰が考えたのか知らないが、ほんとよくできてるなー。