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【書評】”視座を得る”「日本人とユダヤ人」(イザヤ・ベンダサン)

 代の名著として名高い『日本人とユダヤ人』は、イザヤ・ベンダサンというユダヤ人を自称するキリシタンの作家・山本七平氏によって1970年に出版された。

彼はこの本の中で、ユダヤ人と日本人を対比させる事により、日本とは、日本人とは、どのような思考パターンを持っていて、どのような行動様式をもっていて、そしてそれは何故なのか・・・というのを、明快に説明している。

冒頭のシーンでは、まず"安全"について、日本人とユダヤ人の感覚の違いを浮き上がらせる。

ニューヨークに出張にいったビジネスマンが、滞在している高級ホテルの両隣にユダヤ人家族が住んでいる事に気づく。しかし、目立つような格好はせず、身につけているものは全て安物。かれは、何故高級ホテル住まいをしながらそこまで質素な生活を送るのかを聞いてみたが、帰ってきた答えは、「ここは安全ですから」というものだった。

また、他のシーンでは、"保険"の為にダイヤの指輪をする方法を紹介している。何の保険かといえば、集団で襲われたとき、指から「ダイヤだぞ!」と言いながら引きぬき、投げつけてそれに気を取られている間に逃げる…というものらしい。

日本では、江戸時代に東海道を女一人で旅行できたという。これは当時のヨーロッパではまず不可能であり、現代のヨーロッパでも危険な行為の部類に入る。
日本人は「安全」をタダで手に入れられると考えている。「安全」には、コストがかかるという事を知らない。
…とまあ、こういう指摘から、この本は始まる。

彼の造語に、"日本教徒"というものがある。日本人は、たとえいかなる宗教を信じていても、その前提として"日本教"の信者で、日本人のキリスト教徒は"日本教キリスト派"などと言い表すことができるという。

じゃあ日本教とは一体何かといえば、"真理は言外"だとか、"以心伝心"だとかに表出されている、"人間中心の概念"だという。これはつまり、今でいう"空気を読む/読まない"という話になる。というか、この"空気"という言葉を初めて使い、研究したのが他ならない山本七平だったりする。

他にも、四季の影響、性に対する考え方、日本人とは政治天才であるという持論の展開、日本人独自の弁証法など、日本人の特性を次々と明らかにし、明快に解説をしている。ユダヤ人からの意見というスタイルにより、客観的意見としてすんなり受け入れられる…というのは、この著者の狙い通りだ。

外国人を名乗る事について
著者があえてユダヤ人を名乗ったのは、日本人は外国人の声に異常に耳を傾けるという習性を利用したもの、という批判があった。しかし僕は、これの批判は当たらないと考える。なぜなら、外人が書こうが日本人が書こうが、正誤の判断というのは自己責任で行うものだからだ。それに、この本の着想はユダヤ人との討論の中で意見を出し合ったものから産まれたというので、ユダヤ人を名乗ることはそう誤ったことではないと僕は考える。
(もう一人、僕の好きな作家にポール・ボネ氏という人がいる。こちらも書評でいつか取り上げるほど好きなのだが、彼はある雑誌で在日フランス人の体で、時事問題について辛辣でいて、愛のある内容の発言をしていた。僕は、この文章が、まったく日本の遠慮に染まっていなくて、ずけずけ放言しているような気がして、大好きだった。)

この本の真骨頂は、ユダヤ人研究でもキリスト教研究でもない。

我々自身の、日本人としての性質や思考が、日本という枠組みを外れて考えたときどのような特徴が見いだせるのか、我々はそれとどう向きあっていくべきなのか、というのを示唆してくれている所にある。
ユダヤ人についての歴史や習慣など豊富な記述は、全て我々自身の理解を深めるための対比材料、参考程度の事実でしかない。

我々が何者なのかを知りたい人、これから世界に出て戦おうという人、日本人として、社会で起こることを考察するとき、明確な示準を確実に一つ増やしたい人、には、ぜひともおすすめの一冊。と言いたい所だが、この本に関しては、「日本人なら必読」と言ってはばからない人も少なくない事を最後に付け加えたい。